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「速く弾くために、ゆっくり弾く」というパラドックス

速く弾くために、なぜゆっくり弾く必要があるのか?


「速く弾けるようになりたければ、ゆっくり練習しろ」というのは、古くからある言い回しで、レッスンで言われたことのない人はいないと思う。


曲の学習段階(いわゆる譜読み)は必然的にゆっくりのテンポで弾くことになるが、本番が近づいてきても、私の練習時間の半分以上はゆっくり、あるいは遅めのテンポでの練習に費やされている。


自分のレッスンでもよく言うことだが、「速く弾けないのは指が追いついていないというよりも頭が追いついていない」場合が多い。もちろん当人の筋力や骨格、はたまた楽器の調整の問題であることもあるのだが、一見なんでもないパッセージで不都合が生じている時は、大抵そのパッセージを完全に把握出来ていないことが弾けない原因になっている。


情報を増やすための「スロー再生」


ただ、ゆっくり弾くとはいっても、ただ遅く弾くだけではあまり意味がない。 メトロノームのテンポを遅くして、それに合わせているが、ただ指だけ動いている状態。これではただの遅い練習であり、いい練習とは言えない。


ゆっくり弾く理由は、拾える情報を多くすることにある。例えば身体の緊張状態であるとか、速いテンポでは感じ切れない響きの変化、内声部の移ろい。それらを「スロー再生」してつぶさに観察するために、時間を引き延ばしているのである。


脳内の「デバッグ作業」


ひとかたまりで処理しているものを一度解体して情報を洗い出し、また再構築するための作業。これこそが「ゆっくり練習」だ。


演奏をする時、まず内的聴覚で「歌う」→その実現のために身体が「動く」→楽器を「弾く」→音が出たので「聴く」というプロセスが連続して起こっているわけだが、このプロセスをゆっくり行うことで自分の予測と実際の響きのズレを修正していく、いわばデバッグ作業である。


特にピアノを演奏する場合、発音した後は音を変化させられないので(細かくいうとペダル操作や離鍵によって多少の操作は可能)、基本的には伸びている音、音と音の間を聴くことになる。この響きを聴きながら違和感(弾きづらさ)を探すことが肝要で、なぜ弾きづらいのかの原因を探りながら行う作業だ。


もちろん、「ゆっくり練習」でかなり高い精度で弾けるようになったからといって、すぐに速いテンポでのいい演奏が担保されるわけではない。ただ、楽曲の構造やハーモニーの美しさを味わいながら遅く弾くことで見えてくる景色は、イン・テンポでの演奏にも必ず現れてくる。


結局のところ、魔法のような近道はない。 あるのは、こうした地味な作業の積み重ねだけだ。華やかさとは無縁の時間だが、これが一番確実で、もっとも誠実な音楽との向き合い方なのだと思う。



幼少期から練習に使っているメトロノーム
幼少期から練習に使っているメトロノーム

 
 
 

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